鈴木晴美さん/ピアノ/ジュヌヴィリエール音楽院/フランス・パリ
鈴木晴美さん プロフィール愛知県立芸術大学卒。エコールノルマル音楽院およびパリ・スコラカントルム音楽院卒業。U.F.A.Mコンクール室内楽部門第2位、サン・ノム・ド・ラ・ブルテッシュ国際コンクールにてファイナリスト。フランス・クリダ氏より「リスト賞」受賞。2004年パリ・スコラカントルムにてエリック・ハイドシェック「ベートーヴェンピアノソナタ全曲マスタークラス」全16回出演および同音学院コンサーティストディプロムを取得。現在、ジュヌヴィリエール音楽院室内楽科在中。
- 鈴木さんの簡単な略歴を教えていただけますか?
鈴木 母がピアノ教師だったので家にピアノがあり、それがきっかけで四歳からピアノを始めて、十歳から本格的な勉強を開始しました。高校の音楽科を卒業後、愛知県立芸術大学を卒業、その後パリに留学しました。
- パリは何年目になりますか?
鈴木 丸八年になります。
- 今までどこの学校に行かれましたか?
鈴木 最初はエコールノルマル音楽院に五年間、その後パリ・スコラカントルム音楽院を一年で卒業して、今はパリ北の郊外にあるジュヌヴィリエール音楽院室内楽科で勉強しています。その学校で二年目です。
- ずいぶんと長いですよね。
鈴木 最初はあまり長いつもりで来たわけではないです。二〜三年かなと考えていたのですけどだいぶ長くなりました(笑)。
- 留学したきっかけはどんなことですか?
鈴木 1998年に日本で講習会に参加してフランスのピアニスト、エリック・ハイドシェックに出会ったのがきっかけです。彼に出会って何か運命的な物をすごく感じてしまい、あっという間に心が留学すると決まってしまいました。「彼がパリに住んでいる=パリに行こう」という単純な気持ちから決めたのですが、彼は当時すでに定年を迎えて学校では教えていなかったので個人的に習うことなりました。個人的に師事する場合、フランスに長く滞在するのは難しいのでやはり学校を決めなければならず、別の講習会に参加した時に、そこで出会った先生にエコールノルマル音楽院で習うことになったヴィクトリア・メルキ先生を紹介して頂きました。ヴィクトリア・メルキ先生は、フランスのクールシュベール夏期国際音楽アカデミーで毎年夏に講習会をされているので、クールシュベールに行きそこからエコールノルマル音楽院に入学となりました。
- 留学するまでは一〜二年かかったのですね?
鈴木 そうですね。留学したいという気持ちは昔から漠然とありました。でも、本当のきっかけは講習会に参加して学校や先生を決めてからです。そこからフランスに渡るまでは一年くらいかかりました。
- 一年半の間にフランス語の勉強もなさっていたのですか?
鈴木 フランス語学校で一年半程度、フランス語は勉強しました。
- フランスに行ったときはその語学力で何とかなりましたか?
鈴木 あんまり…ですね。やっぱり日本で語学を勉強してもなかなか身につかないと思います。メルキ先生は、フランス語でレッスンをされるので少し聞き取れる位のレベルにはなっていたと思いますが。もちろんフランス語のもっと良く分かる現地の生徒さんにもたくさん助けていただきました。
- エコールノルマル音楽院は特に試験は無いのですか?
鈴木 無かったです。メルキ先生に、エコールノルマル音楽院に入学する以前に出会っていましたので先生に紹介状を書いていただいて、それをもって入学手続きをしました。
- 学校からは、入学許可証が来るのですか?
鈴木 先生に出会ったのが夏でした。学校が始まるのが大体9月-10月なので紹介状を持って自分で学校に出向いてメルキ先生のクラスに登録しました。どのレベルに在籍するかは先生から全部書いていただきました。そんな感じで結構スムーズに入学は出来たと思います。もし紹介がない場合は、校長先生の前で実技試験があると聞いています。
- ビザはどのようにされましたか?
鈴木 メルキ先生と私の相性がいいかは大事なことですので、クールシュベールへはビザを取らずに行きました。その後、メルキ先生とお話がつきましたのでその紹介状を持ってエコールノルマル音楽院にまず仮登録をしました。仮入学許可証を発行してもらって、一度日本に戻って、大阪の領事館で学生ビザをとりました。
- 一度、日本に帰ったのですね?
鈴木 そうですね。もしかしたらメルキ先生のレッスンを受けてみて、合わないこともあると思ったのです。あんまりいいかげんに留学を決めたくなかったので、一度日本に戻る事は最初から決めていました。
- フランスのお住まいはどうしたのですか?
鈴木 クールシュベールの後、フランスはまだ夏休みで学校は始まっていなかったのでその期間にアパートを探しました。知り合いのお家に居候で泊めさせていただきながらアパートを探して、運良く一ヶ月の間にパリ四区にステュディオ(日本でいうワンルームタイプのアパート)を見つけました。それから日本に戻りました。
- アパートはピアノが演奏できる所ですか?
鈴木 はい。偶然ですけれども。環境が日本でいう二階、フランス式だと一階でしたが、下に誰も住んでいない角部屋でした。隣には家族で住んでいる大きなアパートがあり、そこの息子さんがピアノを弾いていたんです。それでピアノの音に余り敏感ではない環境であると判断してそこに決めました。おかげさまでアパートの住民の方と交流もあって結構楽しかったです。その後、二年半くらい住んで引越しをしました。
- 留学生は、現地でピアノを借りるのですか?
- すごいですね。
鈴木 大変ですけれども、どうしても自分の弾いていたピアノがいい人はそうするようです。中古を買う場合、あまりいいピアノにあたらない可能性も多く、ピアノを新品で買う人もいます。毎日の練習のことですので納得のいく楽器で皆さん勉強したいと思うのは当然なので、とても大変だと思いますけれども、日本から自分のピアノを運んだという話は割と頻繁に聞きます。
- そんなに珍しいことではないのですね?
鈴木 大変だ、とは思いますけど結構そうしている人はいます。時間もかかりますし、船で来るということはピアノが揺れますし、湿気もあるだろうし…。絶対届くとは思いますけれども、日本からフランスまで遠いし心配ですよね。ピアノを運んでいる間は仕方がなく、練習室で練習している人がいます。
- なぜお引越しをなさったのですか?
鈴木 アパートの大家さんが自分の息子に部屋を与えたいから出ていってくれ、ということになりました。本当にびっくりしました。まだ住んでいるのに出て行けなんてあるのかと(笑)。フランスに住んで二年半くらいしか経っていなくて、話し合いが出来る語学レベルではなかったので、環境を変えてみるのもいいかと前向きにとらえて引越しをしました。でも、親切な大家さんでしたので部屋が見つかるまでは、居ていいと言ってくれました。
- どの程度でフランスの生活に慣れてきましたか?
鈴木 最初の一年は全然慣れないですね。まず言葉が追いつかないし、日本でやったことのない滞在許可証の手続きなどに追われます。最初の一年はバタバタです。二年目から一年目にやったことがだんだん生きてきます。フランスに住んでいると日常的に小さなハプニングが多いので、それにもびっくりせずにフランスの良さも見えてきたのが2年目くらいから。その頃からフランス人の友人も出来たので、フランスの日常生活を見る機会が増えました。そうしているうちに三年目位には慣れてきたと思います。
- フランスだとホームシックになる方は結構いますよね?
鈴木 なんでそうなるかはよく分かります。フランスは、個人主義社会なので自分のことは自分でやるのが基本姿勢ですし、フランス人と日本人は、コミュニケーションの仕方があまりに違うという事もあります。私達日本人は周りに合わせたり、おとなしくしがちであまり主張することに慣れていません。そういうことから周りのフランス人においていかれるような感覚になる人は結構いると思います。それにフランスという国は不便です。日本は何でも便利に出来ていてスムーズに事が進むし、気遣い文化が日常社会にあるので、ぶつかる事や嫌な思いをする事はあまりありませんが、フランスではみんな勝手にどんどん自己主張していくので生身の人間同士がぶつかる機会が結構多いのです。そこで壁にぶつかりさらに他にも悩みがあったり体調が悪かったりすると、ぐっと落ち込んでしまうことはあると思います。
- フランス人とフランスの社会の中で生活していくのは大変ですか?
鈴木 大変というか日本とは違うと思います。フランスにいると言葉少なく黙ってニコニコしていても、それを良しとは思われず何を考えているか分からないと思われてしまう。するととたんに彼らは冷たいんですね。多少変わっていると思われても、どういう人間であるかを彼らはすごく知りたがるので主張していくことが大事です。その主張していく姿勢が日本人にとってはかなりストレスになると思います。特に環境も変わったばかりで日本語も通じないし、主張しろと言われても最初みんな戸惑うのは当たり前だと思います。でも、そこから脱出する勇気が必要で、それは多分現地の友達などに助けてもらうのが1番でしょうね。例えばフランス語をだんだん話すようになって間違っていても、間違っているよと言ってもらえばいいわけです。そういう日常的なところからできるようになれば、段々話せるようになると思います。そういう繰り返しですね。本当に語学は大事だと思います。
- フランスでは、ラテン系の国ではどれだけ話せるか、というのがありますか?
鈴木 最初フランスに来たときはカルチャーショックで、フランス人はラテン系だからオープンで何でも話すし、ディスカッションも積極的にしていて、いかにも人懐っこいと思い込んでいました。でも少し経って違うと感じ始めました。フランス人を表す面白い表現があるのですがそれは、『鬱のラテン系』という表現で、なるほどと思う事が多いです。特に最初は人見知りというか、わりと他の様子を伺っている気がします。本当に気が合ってしまえば途端に本当の家族のように受け入れてくれて、「なんでも相談してくれて良いのよ」となるのですが、最初はかなり用心していると思います。それと彼らは気づいていないのかも知れないのですが、フランス語にすごく誇りを持っていて、英語もあまり話さないしフランス語が話せないということをあまり納得してくれない。外国人だから話せなくても気にしないで、と口では言っても態度では嫌というところが出ます。それを私はすごく感じます。
- 本当にフランス語をみっちりやっておかないといけませんね。
鈴木 語学はやった方が絶対にいい経験が出来ます。コンプレックスを持ってフランスにいるとすごく不幸だと思います。だんだん締め付けられてしまう。なるべく明るくフランス語で会話が出来るようになれば、いろいろ不便なこと嫌なこともこんなものかなと思って乗り越えられるようになると思います。私は、言葉はすごく大事だと思っていますね。
- 授業はどこの学校でもフランス語ですよね?英語の授業は一切無いのですか?
鈴木 英語の話せる先生であれば最初は英語で教えてくれると思いますけれども、やっぱりフランス語でレッスンを受けるべきだと思いますね。
- 授業は日本と違う感じがしますか?
鈴木 レッスンのペースはほぼ週に一度ですので、日本とほとんど変わらないと思うのですが、すごく違いを感じるのは曲の数が多い事です。日本では割と少な目の曲を、みっちり時間をかけて仕上げていくと思いますが、フランスではたくさんの曲を同時に仕上げていきます。いくつものプログラムを同時にパッと仕上げられるように幅広くレッスンをしていく感じがします。
- たくさんの曲というのは何曲くらいですか?
鈴木 エコールノルマル音楽院の話をしますと、学期末に試験があり、その試験のためのプログラムを組みます。レパートリーがバロックから近現代までくまなく選ばないといけないので、五〜六曲になります。それにピアノ協奏曲も一曲という感じで一時間半くらいのプログラムを組みます。
- 他の学校も毎年毎学期末に試験があるのですか?
鈴木 もちろんスコラカントルム音楽院でもありました。プログラムの規模は、どういうレベルで最後の学期末の試験を受けるかによります。私は、演奏家コースなので、やっぱり学期末の試験プログラムは、一時間半くらいになります。ただ、エコールノルマル音楽院では一時間半のプログラムを全部試験で弾くわけではなく、舞台の上で「これとこれとあれを弾いて下さい」という指定があってそれを弾きます。何を弾くかは当日舞台に出るまで分からないので結局全部用意しなくてはいけません。
- 大変ですね。
鈴木 そうですね。その試験のやり方は、私はあまり好きではありません。少し前でいいから何を弾くかを提示してくれたほうが良いのですけど。いきなりフランス語で、全部じゃなくてあれとこれの一楽章だけとか、細かいことも言われるので結構ドキドキすると思います。留学したての頃はフランス語が聞き取れないこともありますから大変です。それがいい訓練というか、鍛えられる感じはしますけど。
- 聞き直すと減点ですか?
- いろいろな学校行かれていますが、どこの学校にも日本人はいますか?
鈴木 エコールノルマル音楽院は、日本人がすごく多いです。日本人だけではなくてアジア人が多い。出会う生徒は、ほとんどがアジア人ですね。日本人がどの位いるのか把握していませんがかなり多いと思います。次に入学したスコラカントルム音楽院というのはエコールノルマル音楽院よりは少ないのですが、アジア人は多い。どちらかというと韓国人が多いという印象があります。今の学校ジュヌヴィリエール音楽院は、フランス人がほとんどです。私の在籍している室内学のクラスには数名の日本人の方がいます。
- 今行かれているジュヌヴィリエール音楽院は、年齢制限は無いのですか?
鈴木 ないですね。
- フランスの国立の学校だと21歳までなどいろいろありますよね。
鈴木 パリ国立高等音楽院(CNSM de Paris)、パリ国立地方音楽院(CNR de Paris)、リヨン国立高等音楽院(CNSM de Lyon)などは、年齢制限があります。特にパリ国立高等音楽院は、第二課程と第三課程があるのですが、第二課程は二十一歳までで第三課程はもうちょっと年齢が上でもいいのですけど若くないとなかなか入れないですね。そこに行きたい方は日本で高校生の時から準備しないと多分間に合わないと思います。大学を出てしまうともう年齢制限に引っかかってしまうので。
- エコールノルマル音楽院を卒業してからスコラカントルム音楽院に行かれたのはどういう理由なのですか?
鈴木 エリック・ハイドシェック先生が、スコラカントルム音楽院で6ヶ月ベートーベンのピアノソナタ三十二曲のマスタークラスをやるという企画がもちあがりました。それでスコラカントルム音楽院に行くことにしたのです。毎週新しく曲を仕上げて、ほぼ毎週ベートーベンのソナタを公開レッスン形式で勉強しました。
- とにかくベートーベンばかり?
鈴木 そうですね。私にとっては、その年はベートーベンイヤーです。一番から三十二番まで全部でした。もちろん三十二曲を全部私が弾いたわけではなくて何人か生徒さんがいましたので分けて勉強しました。でも半分くらいは直接演奏したと思います。ベートーベンのマスタークラスが半年あったのと、それと演奏家ディプロマが欲しかったので学期末の試験も受けましたのでスコラカントルム音楽院の一年間は忙しかったですね。
- 今は室内学のディプロマをとろうとしているのですね。
鈴木 そうですね。去年、進級はしたのですが、ディプロマが出るのは、受かれば今年ですね。
- エコールノルマル音楽院の時もエリック・ハイドシェック先生にプライベートで付いていらしたのですか?
鈴木 付いていました。プライベートでレッスンを見ていただきました。もちろんメルキ先生にも了解を得ていました。メルキ先生のレッスンを毎週受けながら、時々ハイドシェックのレッスンを受けて勉強していました。ところで二人は偶然ですけど同じアルフレッド・コルトーの門下生です。エコールノルマル音楽院もコルトーが創設しています。
- フランスでは、どの程度練習なさっていますか?
鈴木 日本にいた時とは比べ物にならないくらい練習するようになりました。ベートーベンのマスタークラスの時は、かなりピアノ漬けの毎日でしたね。アパートでは朝九時から夜九時までピアノを弾ける環境なのでその中で休憩を入れながら、コンクールの前だったり試験の前だったりすると、一日八時間、最低でも六時間くらいはやっていました。
- 留学なさって日本にいた時よりも練習するようになる方を多く聞くのですがそれはなぜですか?
鈴木 自然に練習が必要になる感じがします。なぜ練習しなくてはいけないのかを身にしみて感じるようになります。それに今の経験を無駄にしたくないという気持ちもあると思います。一生懸命打ち込んでいないとなぜパリにいるのかが分からなくなってしまいます。
- フランスに来る前に日本でやっておけば良かった事はありましたか?
鈴木 留学した方のほとんどが実感することだと思うのですが、日本で学んだ基礎が、それが実はこちらに来ると本当の基礎ではなくて、それよりも更に奥深いところに基礎の基礎があると気がつく。そういう存在を感じることがフランスに来てすごくあります。日本でしっかりやっておくというのはもちろん、それをベースにしつつ心を開いて素直な気持ちでもう一回ゼロからやり直すくらいの学ぶ姿勢が大事だと思います。「今まで何やって来たのだろう」と落ち込む事もありますが、そこからが成長だと思います。日本でやったことが全て正しいと思わない方がいいかもしれません。もちろん音楽は世界共通ですので何もかもが間違っていることはありえないのですが、日本での基礎にこだわっていると、フランスで学ぶことの弊害になる事があります。自分で考えてもっと奥深い世界を実感していくことが大事だと思います。
- 日本とは違う教え方だと思いますか?
鈴木 そう感じる人もいると思います。私は日本で学んだことは決して間違いではなかったと思っていますが、「なぜこういう時にこういうふうに表現したいのか」、「この楽譜を見てなぜこうなのか」など、あまり理解しないで演奏していた自分に気付きました。そこが本当の基礎だと思うのですけど、掘り下げていく時に自分の勉強の足りなさに気づいてがっかりと落ち込んだりすることはあります。
- 曲の解釈という意味ですか?
鈴木 それもありますし自分の甘さが見えます。「これでいいだろう」と簡単に弾いてしまっていた自分に気付くんですね。ヨーロッパではクラシック音楽の歴史の深さが日本と全然違いますので表面だけ上手に弾いても全然通用しません。「なぜあなたはそう弾きたいのか」、が見えてこなければいけないと思うのです。辛い勉強だと思います。自分の力量や今までの勉強の足りなさを実感したりして泣けてしまった事もありました(笑)。
- 先生の前で?
鈴木 私は、結構正直なタイプなので。でもそれは別に先生が怖いというわけではないですよ。自分に腹が立つし「ああ私は甘い」と思って情けなくてくやしくて泣いてしまいます。
- 先生の教え方も根本から考えなさいという事ですね。
鈴木 メルキ先生もハイドシェック先生もとてもレッスンが丁寧なので、決していいかげんなところで、良しとは言ってくれません。きちんと勉強したかどうかもかなり見抜く先生なので、いいかげんなことすると本当に怒られます。「この子気持ち緩んでるかな」と思ったときビタッとくるんですね。「なぜ一生懸命やらないの」、「なぜなの」と聞かれる。「この貴重な機会を無駄に過ごすつもりなの?」と言われたりもします。責任と誇りをもって怒ってくださっていると思います。ただ、「良くなったよ」と言うことは簡単なことなので。ピアノを学ぶことは、練習してピアノを弾きながら毎日自分と向き合うことです。それは毎日、本気な気持ちでやらないと出来ないことだと思うんです。だからただ何も考えずに練習してパーッともっていくと雷が落ちます。弾けているのに…と最初は何で怒られているのか分からない時もあるんです。これが日本で受けた教育の甘さだと思います。
- 学内外でコンサートなどなさいますか?
鈴木 ソロや室内楽などのコンサートの機会があります。ハイドシェック先生とデュオコンサート、というのもありました。それから最近はバイオリンとのデュオを月に1度くらいやっています。伴奏を依頼される機会もありますので伴奏もします。
- 日本のお客さんとフランスのお客さんは全然違いますか?
鈴木 違いますね。コンサートに行く時の気持ちが違うかもしれません。日本では、今ではそうでもないかもしれないのですが、クラッシックのコンサートに行く時は、やはり敷居が高いというか構えてしまう傾向があるように思います。フランスではクラッシックのコンサートはもっと日常的なものです。例えば本当に小さなサロンでも頻繁にコンサートが行われますし、教会では無料コンサートも結構あります。気軽に「今日ここで何かやっているんだって」という感じでぱっとコンサートに入ったり出来る環境なので一期一会というか「今日はこんな知らない人のコンサートに来たけど非常にすばらしかったわ」などそういうことが結構おきるんですね。彼らは良いと思えば感動を伝えますので、聴衆の反応というのをダイレクトに感じるし、演奏会の後でも遠慮しないでどんどん思ったことをみんな言いに来たりもしますから面白いです。そう言う時に全然日本とは違うなって思いますね。日本でコンサートを行う時はきちんとしたホールで敷居を高くしてやることが普通でしょう。もちろんフランスでもそういうコンサートは沢山ありますし、そこには皆さん最高におしゃれをして出かけたりはしますけど。それでも聞いている人の感動を日本より強く感じる気がします。簡単に言えば盛り上がっちゃう、と言うか(笑)。空間をみんなで共有して、素晴らしいものを聞けば素晴らしいと伝える、それがマナーという感じですね。観客が「演奏家を評価している」ことを見せてくれる気がします。
- ダイレクトに反応が返ってくるほうが面白いですよね。
鈴木 面白いですね。「私はそうじゃないと思う」という人がいたりもして(笑)、思わぬ反応や出会いがあります。例えばスコラカントルム音楽院にいたときの一年間のマスタークラスでは、日本の公開レッスンとはずいぶん違うなぁと感じました。普通、日本の公開レッスンでは、弾いても拍手は出ませんよね。ところがあのマスタークラスでは、もしうまく弾ければ拍手が出るんです。拍手もハイドシェックが、「拍手してやってくれ」という時もありますが、自然に起こる時もあって。舞台の上で意見交換しながら生徒がどんどん変わっていくその結果、音楽が本当にもっと説得力のあるものになって、聞いている方の心に届いた時に自然に拍手が出たりします。レッスンの後で聴衆の方からお花を頂いた事もありました。もうビックリ(笑)。会いに来て意見をくださる方もいます。そういう時はやっぱり感じますね、「ああ違うなって」。
- 留学して良かったと思える瞬間や自分が成長したなと思う点はありますか?
鈴木 一言では言えないのですけど…、瞬間というより毎日思っています。まずパリが大好きなのでパリにいることにすごく喜びがあります。それから外国に住むということは、大げさな言い方かもしれないんですけど、毎日が自問自答の日々です。「私は何でここにいるんだろう」、「私は何でピアノをここまで来てやっているんだろう」など、自分に問いかけることが多くなるのでピアノだけではなくて自分らしさを探すようになると思います。だんだん自分の好きなこともはっきり見えてくるし、日本では絶対に出会わなかったであろう機会に出会ったりすると留学して良かったなと思います。「なぜピアノなのか」なんて、最初は考えなくても弾けますけど、続けていくと「何故、何故」って誰でも思う。それを乗り越えていくためには外国で一人で苦労して住んでみるというのはすごく役に立つと思います。
- いろいろな経験を通して自分のことが良く分かるということですね?
鈴木 最初はカルチャーショックで自分が変わった気がしますけど、落ち着いて考えて見るとやっぱり自分というのはなかなか変わらないので、自分の内面をだんだん充実させていく方向に気づいていくと思います。自分を変えるというより自分を知るということでしょうか。それとフランスという国は日本と比べますと格段に不便な国ですので、日常的に小さなアクシデントに遭遇しがちです。それが自分を鍛える、純粋にそんな部分もあります。こんな些細なことで文句言っている場合じゃないと。フランスの社会はまだまだアナログですからシステムというものも良くありません。一回でうまくいくということはほとんどありませんので「自分でやっちゃおう」、「自分はどうしたいんだ」と思う癖がついてきます。私は日本もとても好きで、人間関係を穏やかに保つために周りの気持ちをくんだり、こうなったら便利だろうと先回りする対応があると思います。それは日本の本当に美しい文化だと思います。でも、フランスでは同じ事を全然期待できないので、全然違うんだと思って開き直れた方が幸せかもしれない。大らかになるべきだと思います。フランスのその部分が合う人と合わない人がいます。私はフランスの文句を言いながらも結局楽しく滞在していますので(笑)合っているのでしょうね。
- 今後はどうなさるのですか?
鈴木 フランスも長くなりましたのでこちらに滞在しつつ日本とフランスで両方で活動出来たら、というのが希望です。語学も生かしたいと思いますし、音楽の経験も生かしたいと思います。演奏活動は続けながら同時に日本とフランスの違いも見てきましたので、それが生かせる仕事もあると思い、現在探っている状態です。
- 学校が終わったら一度、帰国するのですか?
鈴木 う〜ん(笑)。フランスにいたいけれど。最近は少し仕事も始めていますので。演奏をしていきながら、教えることもしたいと思うようになりました。今まで自分が学んできた音楽をピアニストの使命として次に伝えていくことも大事だと思います。クラッシック音楽はそうやって今まで伝えられてきたものですので。
- 現地に行くと外国の友達が欲しいということで一切日本人と関係を絶つ方もいらっしゃいますね。
鈴木 極端なのは良くないと思うのです。わざと関係を絶って自分にバリアを張ってしまうのは寂しいと思うんですよ。せっかく日本から出て外国に住んでいるのであれば日本の良さも認識すべきだと思いますし、日本のものを全部否定することはないと思います。結局のところ、外国に住んでいると自分が日本人だなとすごく実感しますし、日本に住んでいた時より日本のことをよく考えます。日本を外から見て自分のどこが日本人らしいかを見るのは大事なことだと思います。ピアノにおいても自分の人格においても。なんで今に至ったのかをすごく考える機会が多いです。私は今のフランスの人間関係も好きですし、もちろん日本人の友人のことも大好きです。
- 今後留学する方にアドバイスはありますか?
鈴木 私の経験からしか言えないのですが、まず語学がとっても大事なのは現実です。語学を学んでしかもそれを怖がらずに使わないといけないと思います。学校で学んでいるだけではなく、社会に入って使うことが一番大事だと思います。あとは、自分で出来ることは自分でするという基本の姿勢を忘れないことだと思います。もちろん苦労したりすることもあって、特に最初は、例えば滞在許可証の申請の時、「ワーッ」とフランス語で早口で話されて分からなくてリタイヤして帰ってきちゃう人もたくさんいます。分からないことがあれば人に頼むのも良いのですけど、なるべく自分のことは自分でする姿勢を優先にした方がいいです。一年目に苦労したことは二年目に必ず生きます。元気がなくて、「やりたくないな。誰かに頼んじゃおうかな」と思ってもなるべく頑張ってやっていくというのは大事だと思います。それとフランスではなんでも一度ではうまくいかないと最初から決めてかかった位の方が良いと思います。それから友人を大切にするのもすごく大事です。孤独にはならない方がいいかなと思います。海外では心の病気は、気をつけたほうがいいですから。もちろん心だけじゃなくて体も気をつけた方がいいと思います。気候が全然違いますし、環境の違いからストレスを感じることで体が悲鳴をあげて、日本ではありえないような体調のくずし方をしたりしますので注意しておいたほうがいいと思います。フランスは、日本と比べて特に冬は寒いですし、乾燥しています。日本にはあまり流通していないウイルスにかかってひどい胃腸炎になったということもあります。健康を崩すと心が頑張ろうと思っていても出来なくなってしまうので、健康管理は大事だと思います。あとは、せっかくの貴重な留学機会だと思うので心を開いて日本での価値観をちょっと解き放ってオープンになっていろいろ吸収するのが大事かなと思います。
- 分かりました。
鈴木 最初はハイドシェックに出会ってこの人に絶対ピアノを習いたいと思っただけなんです。直感で行動のみ。そこから先は今まで経験したからこそ思うことであって、最初のまっすぐな気持ちが一番大事かもしれない。あんまり深く考えないで、「やるんだ」と。それがないと辛くなる時があると思う。どんなにフランスが好きでも家族や親しい人と離れて外国で1人で頑張るストレスは誰にでもあるし、モチベーションこそが自分を支えるはずだから。
- 一回り大きくなって帰ってくるのでしょうね。
鈴木 本当に絶対そうだと思う。良い思いをたくさんして留学を終える時には心から満足して日本に帰れたら幸せですね。
- ありがとうございました。